ピッグペン暗号とは?フリーメイソンの記号暗号の仕組み
ピッグペン暗号とは?フリーメイソンの記号暗号の仕組み
ピッグペン暗号は、図形記号を使う単一換字式暗号です。筆者も最初は紙に二つの3×3格子と二つのX字を書き、HELLOを一文字ずつ記号に置き換えてみましたが、読めない形が並んでいるのに自分だけは意味を知っている、その妙な手応えが強く残りました。
ピッグペン暗号は、図形記号を使う単一換字式暗号です。
筆者も最初は紙に二つの3×3格子と二つのX字を書き、HELLOを一文字ずつ記号に置き換えてみましたが、読めない形が並んでいるのに自分だけは意味を知っている、その妙な手応えが強く残りました。
この記事は、ピッグペン暗号の仕組みを図なしでも理解したい人、歴史上の位置づけを史実ベースでつかみたい人に向けたものです。
3×3格子2枚とX字2枚にアルファベット26文字を割り振る標準形の見方から、点の有無で別の文字群を区別する考え方まで、頭の中で組み立てられるように整理します。
あわせて、フリーメイソンで広く使われたためMasonic cipherとも呼ばれる一方、起源はそこに断定できず、1531年のAgrippaの記述やRosicrucian系の系譜も視野に入ることを確かめます。
読み終える頃には、具体例を見ながら英単語を1語、自分の手で暗号化し、復号までたどれるはずです。
ピッグペン暗号とは何か
図形による換字の発想
謎解きイベントの配布紙で、筆者が最初にこの暗号に出会ったときの戸惑いをよく覚えています。
そこに並んでいたのは、文字らしく見えない「□に点」や「Xの左下だけ」のような断片的な記号列でした。
アルファベットの並び替えでも、数字への置換でもない。
その妙な既視感は、読者にもきっとあるはずです。
看板の落書きやゲームの暗号文で見かけて、「読めそうで読めない」と引っかかった経験につながるからです。
ピッグペン暗号は、こうした違和感そのものを利用する暗号です。
分類としては、平文の文字を別の一つの記号へ置き換える単一換字式暗号(monoalphabetic substitution cipher)に属します。
つまり、Aは常に同じ記号、Bも常に別の同じ記号、という対応が固定される仕組みです。
ここで置き換え先になるのがアルファベットではなく、格子や斜線の一部分を切り出した図形だという点が、この暗号のいちばん目を引く特徴です。
発想は意外なほど素朴です。
まず格子やX字の“骨組み”を用意し、そのマスや方向に対応する線だけを抜き出して一文字分の記号にします。
たとえば四角の右上に当たる形、コの字のように三辺だけある形、斜め線が交わるX字の一部、といった具合です。
文字として読む手がかりを消し、図形の断片へ見た目を変えることで、ぱっと見では意味がつかめない状態を作っています。
この仕組みの面白いところは、暗号化の原理が「複雑な計算」ではなく「見た目の変換」にあることです。
だからこそ、紙と鉛筆だけで扱えますし、記号を一度覚えると手で素早く書けます。
その一方で、中身はあくまで換字式暗号(substitution cipher)なので、暗号学の観点では特別に強固な方式ではありません。
長い文を同じ対応表で書けば、文字の出現傾向から崩される余地が生まれ、頻度分析(frequency analysis)にも弱さを見せます。
見た目の異様さと、仕組みの単純さが同居しているところに、ピッグペン暗号らしさがあります。
26文字と26記号の一対一対応
基本設計は明快で、アルファベット26文字を26種類の図形記号へ一対一で対応させます。
標準形として広く知られているのは、3×3格子2枚とX字2枚を組み合わせる構成です。
最初の格子である文字群、点を加えた二枚目の格子で別の文字群、さらにX字と点付きX字で残りの文字群を受け持つ、という考え方です。
ここで肝になるのが「形」と「点」の二段構えです。
格子やX字から取り出した輪郭だけでは数が足りないため、同じ輪郭に点があるかないかで別の文字を区別します。
読者が「□に点」と感じた記号は、まさにその典型です。
点なしのコの字と、点ありのコの字は別の文字になる。
見た目はよく似ていても、暗号では別記号として扱われます。
実際に頭の中で組み立てると、仕組みはぐっとつかみやすくなります。
3×3格子なら、左上・中央・右下のように位置ごとに異なる枠の形ができます。
角のマスはL字型、辺の中央はコの字型、中央は四方を囲まれた四角型になります。
X字では、4つの方向に対応する三角形めいた断片が生まれます。
こうして輪郭の種類を増やし、さらに点の有無を重ねることで、26文字ぶんの記号体系ができあがります。
ただし、ここで押さえておきたいのは、標準形はあくまで代表的な配列だということです。
ピッグペン暗号には歴史的な変種が多く、同じ文字でも資料によって割り当てが違う場合があります。
したがって「この形なら必ずA」と決めつけるより、「どの骨組みを使い、点をどう加えるか」という原理で理解したほうが混乱がありません。
図で丸暗記する暗号というより、設計思想ごと覚える暗号だと捉えると、変種を見ても迷いにくくなります。
ℹ️ Note
ピッグペン暗号の記号は、ばらばらの模様として覚えるより、「格子のどの位置か」「点が付くか」で捉えると復号の見通しが立ちます。
別名「Masonic cipher」の由来
ピッグペン暗号がMasonic cipherまたはFreemason's cipherと呼ばれるのは、フリーメイソンで広く用いられた実績に由来するためで、発明者の名を示す呼び方ではありません。
この別名が定着した背景には、18世紀以降のフリーメイソン文化のなかで、この図形暗号が儀礼的な記録や墓碑銘、私的な書き付けに現れることがあります。
よく引かれる事例として、1794年9月28日に38歳で亡くなったJames Leesonの墓碑には、ピッグペン暗号による刻文が見られます。
こうした実物が残っているため、「メイソンの暗号」という印象が強くなったわけです。
もっとも、名称から起源まで一足飛びに結びつけると、歴史の見取り図が崩れます。
前述の通り、この暗号の系譜はフリーメイソン以前へさかのぼる可能性があり、1531年のAgrippaの記述や、Rosicrucian系の前身的体系とのつながりも視野に入ります。
つまり、広く使われた集団の名前が別名として残ったのであって、その集団がただちに発明者になるわけではないという整理が適切です。
この点を踏まえると、ピッグペン暗号は単なる「秘密結社の記号」ではなく、図形による換字という発想が複数の時代や共同体を横断して生き延びた例として見えてきます。
見た目の神秘性が先に立ちますが、実体は歴史のなかで繰り返し使われ、名前を変えながら受け継がれてきた古典暗号なのです。
なぜフリーメイソンの暗号と呼ばれるのか
18世紀のフリーメイソン利用
「なぜフリーメイソンの暗号と呼ばれるのか」という問いに対して、いちばん堅実な答えは、18世紀初頭以降のフリーメイソン文化のなかでこの暗号が広く使われ、実物も残っているからです。
記録、儀礼文書、私的な通信、そして墓碑銘にまで図形記号の換字が現れるため、後世の人びとがこの方式をMasonic cipherFreemason's cipherと呼ぶようになったのは自然な流れでした。
筆者がこの呼び名に納得したのは、古い墓地で幾何学的な刻印を前に立ち止まったときでした。
文字というより、格子の断片や角ばった印の連なりに見える。
その場では読めなくても、「これは装飾ではなく意味を持つ記号ではないか」と皮膚感覚のように伝わってきます。
そうした感覚は、暗号を陰謀論の小道具としてではなく、文化史の痕跡として読む入口になります。
ここで押さえたいのは、呼称の由来と発明の由来を分けることです。
フリーメイソンで使われた事実は比較的追いやすく、18世紀の用例も見えてきます。
しかし、それだけで「フリーメイソンが考案した暗号」とは言えません。
名称は、その集団で著名になったことの結果として理解するのが筋です。
起源諸説とAgrippa
起源については、一つの線でまっすぐ遡れるわけではありません。
ピッグペン暗号の前身や近縁とみなされる図形換字には複数の系統があり、Rosicrucian(薔薇十字)系の暗号伝統やカバラ由来説に言及する説明が繰り返し現れます。
ただし、ここで語られているのは「思想的・図像的に近い可能性」であって、一本の系譜が文献的に裏付けられたという話ではありません。
史料上の目印としてよく挙がるのが、1531年のHeinrich Cornelius Agrippaです。
彼の著述には、後にRosicrucian cipherと呼ばれる前身的な図形換字体系に通じる記述が見られます。
標準的なピッグペン暗号そのものが1531年に完成形で現れた、とまでは言えませんが、格子や図形を使って文字を置き換える発想が16世紀にははっきり確認できるという意味で、この年は節目になります。
この点は整理の仕方が肝心です。
断言できるのは、フリーメイソン以前にも似た体系が存在し、図形換字の発想が先行していたことです。
断言できないのは、現代に知られる標準形のピッグペン暗号がどの瞬間に、誰の手で、単独に「発明」されたかという一点です。
Rosicrucian系、カバラ的象徴体系、Agrippaの記述は確かに視野に入りますが、だからといって起源を一つに固定するのは史料の厚みに見合いません。
ℹ️ Note
名称の由来は18世紀フリーメイソン、発想の先行例は16世紀まで遡る可能性がある、と二段で捉えると混線しません。
James Leesonの墓碑という実例
名称の由来を考えるうえで、具体物の存在は強い説得力を持ちます。
なかでもよく知られているのがJames Leesonの墓碑です。
日本語で確認できる資料でも、この墓碑にはピッグペン暗号文が刻まれており、1794年9月28日に38歳で没した人物として記録されています。
この実例が示すのは、ピッグペン暗号が机上の説明だけではなく、共同体の記憶を刻む場にも使われたということです。
墓碑は、ただ秘密を守るための道具ではありません。
そこには所属、信仰、結社文化、象徴言語への親しみが重なります。
フリーメイソンとの結び付きが後世に強く印象づけられたのも、こうした残存する物証があるからです。
しかも墓碑は、儀礼文書よりも読者に実感を与えます。
石に刻まれた図形記号は、紙の上の暗号より時間の重みをまといます。
墓地で向き合うと、暗号は「隠すための技法」であると同時に、「仲間内で共有される印」として機能していたことが見えてきます。
フリーメイソンの暗号という呼び名は、こうした場面の積み重ねから定着したのです。
伝承と史実の線引き
この暗号の歴史には魅力的な逸話が多く含まれます。
たとえば海賊 Olivier Levasseur が1730年7月7日に暗号文の紙片を投げたという話や、1852年の Major Logue に関する記述、南北戦争期の用例などがしばしば紹介されます。
ただし、これらのうちいくつかは史料の裏取りが十分でない伝承や単一出典に基づく説に留まる点に注意が必要です。
ピッグペン暗号の核心は、文字そのものを書くのではなく、文字が置かれた位置の“枠の形”だけを取り出して記号にするところにあります。
その対応表が「キー(key)」です。
標準形では、紙に二つの3×3格子と二つのX字を書き、そこへAから順に文字を割り当てていきます。
図がなくても追えるように言い換えると、まず井桁のような3×3格子を一つ描き、その9つの区画にAからIを入れます。
次に、同じ3×3格子をもう一つ描き、そこにJからRを入れます。
さらにX字を一つ描いて4つの三角領域にSからVを、もう一つのX字にWからZを置く、という流れです。
この作業を実際に紙でやると、数分で仕組みが腹に落ちます。
筆者も二つの格子と二つのXを書き、Aから順に当てはめてみましたが、暗号表を「覚える」というより、自分の手で鍵を組み立てる感覚が先に来ました。
既製品の表を眺めるより、空の枠に文字を入れていくほうが、どの記号がどの区画に由来するのかが自然につながります。
ピッグペン暗号では、この「自分だけの鍵を持った」という感触が、そのまま理解の近道になります。
3×3格子2枚とX字2枚の役割
標準的な配置は、いわゆるGrid-Grid-X-Xです。
3×3格子が二つ、X字が二つで、合計四つの“枠”を使ってアルファベット全体を受け持ちます。
ここで大切なのは、暗号記号が新しく発明された図形ではなく、元の枠の一部を切り出したものだという点です。
3×3格子の中にある文字は、その文字が位置する区画の輪郭で表されます。
たとえば左上の区画なら、上辺と左辺を持つL字型になります。
上辺の中央なら、上に横線があり左右に縦線が下がるコの字型になります。
右下なら下辺と右辺を持つL字になります。
中央の区画だけは四方を線で囲まれた小さな四角です。
つまり、AからIまでの記号は、3×3格子のどこに置かれたかによって、L字、コの字、四角、逆向きのコーナーといった形に分かれます。
X字のほうも考え方は同じです。
交差した二本の対角線が作る四つの三角領域を使い、その三角の向きが記号になります。
左の三角、上の三角、右の三角、下の三角という具合に、向きそのものが文字の違いを担います。
格子が「角張った囲いの断片」なら、X字は「斜線でできたくさび形の断片」です。
見た目は別物でも、役割は共通しています。
文字を直接描く代わりに、その文字が座っていた席の輪郭を描くのです。
点の有無でグループを分ける
四つの枠だけで26文字を扱うには、形だけでは足りません。
そこで使うのが点の有無です。
標準形では、最初の3×3格子に入るA〜Iは点なし、二つ目の3×3格子に入るJ〜Rは同じ形に点を加えて区別します。
AとJは同じ区画の形を共有し、Jの側だけが点付きになるわけです。
BとK、CとLも同じ関係です。
形が骨格で、点が「前半か後半か」を示す目印になります。
X字でも同じ原理が働きます。
最初のXに入るS〜Vは点なし、二つ目のXに入るW〜Zは同じ三角形に点を付けて表します。
これで、格子由来の9形×2グループ、X由来の4形×2グループという組み合わせができ、標準的なアルファベット配列を一通り収められます。
図を参照できなくても、「同じ枠の形が二回出てきて、後ろの組だけ点が付く」と捉えれば頭の中で整理できます。
ℹ️ Note
まず「点なしの格子でA〜I」「同じ格子に点を付けてJ〜R」「点なしのXでS〜V」「点付きのXでW〜Z」と順に追うと、標準形の配列は一息でたどれます。
この点は、単なる飾りではありません。
ピッグペン暗号は単一換字式なので、一つの平文文字に一つの記号が対応します。
その一対一対応を崩さずに記号数を増やすために、同じ輪郭へ追加情報として点を載せる発想が採られています。
Rosicrucian系の変種では、点の数や位置でさらに細かく群を分ける型も見られますが、教材としてもっとも追いやすいのは、点の有無だけで前半・後半を分ける標準形です。
アルファベットの扱い
英語のアルファベットは26文字ですが、標準的なGrid-Grid-X-Xの配列では、実務上の割り当てに小さな揺れが生まれることがあります。
代表的なのがIとJの統合です。
古い表記習慣の影響もあって、この二文字を同一視し、片方を省いて運用する型があります。
その場合、キーの並びや後半の文字の置き方が少し変わります。
反対に、IとJを分けて26文字をきっちり収める型も広く使われています。
記事や教材ごとに配列が微妙に違って見えるのは、この処理の差があるからです。
もう一つ注目したいのは、標準形が唯一の正解ではないことです。
三つの格子を使う派生型や、点の代わりに短線を付ける型も知られています。
ただ、図なしで仕組みをつかむ段階では、まず最初の格子がA〜I、点付き格子がJ〜R、XがS〜Zを担当するという道筋を押さえるのがいちばん素直です。
ここを理解すると、変種を見ても「枠の形で系統を作り、追加記号で群を分ける」という共通骨格がすぐ見えてきます。
筆者がこの暗号を人に説明するときも、いきなり全部の記号を暗記する話にはしません。
二つの格子と二つのXを書き、Aから順番に入れていけば、暗号表は外から与えられるものではなく、手元で再構成できるものだと伝わるからです。
ピッグペン暗号の面白さは、記号が奇妙だからではありません。
文字が図形へ変わる手順を、自分の手で追えることにあります。
暗号化と復号の手順を具体例で追う
準備:キーを用意する
ここでは、もっとも教科書的な標準キーを前提に進めます。
紙の上に、点なしの3×3格子、点付きの3×3格子、点なしのX字、点付きのX字を思い浮かべてください。
文字の割り当ては、前述の通り、最初の格子にA〜I、同じ位置関係の点付き格子にJ〜R、点なしのXにS〜V、点付きのXにW〜Zです。
図がなくても追えるように、この節では記号そのものを描く代わりに、「どの枠に属するか」と「その枠のどの位置か」を言葉で固定していきます。
たとえばHなら、点なしの3×3格子の下中央です。
Lなら、点付きの3×3格子の上右です。
こうして位置で把握しておくと、あとで暗号記号を見たときも、形をいったん枠へ戻してから文字に戻せます。
筆者が最初に紙へ書いて試したのも、この準備からでした。
HELLOを一文字ずつ置き換えていくと、表を暗記するというより、文字が座っていた席をたどる感覚が立ち上がってきます。
とくにLが続いたところで同じ記号が並び、単語の中の反復がそのまま模様になるのを見て、ピッグペン暗号は図形の遊びではなく、置換の規則そのものなのだと腑に落ちました。
暗号化ステップ
例語はHELLOにします。各文字を、文字名から直接記号へ飛ばすのではなく、「どの枠か」「どの位置か」「点があるか」を順番に追います。
- Hを探します。HはA〜Iのグループなので、使うのは点なしの3×3格子です。位置は下中央です。したがって暗号記号は、「3×3格子の下中央の区画の輪郭」、つまり下辺があり、左右に短い縦線が立つ形で、点なしになります。
- Eを探します。EもA〜Iなので、点なしの3×3格子です。位置は中央です。したがって記号は、四方を囲まれた小さな四角で、点なしです。中央だけは周囲すべての線を持つので、ひと目で区別がつきます。
- 1つ目のLを探します。LはJ〜Rのグループなので、使うのは点付きの3×3格子です。Jが左上、Kが上中央、Lが上右という並びです。したがって記号は、「3×3格子の上右区画の輪郭」、つまり上辺と右辺を持つ角の形で、点ありになります。
- 2つ目のLも同じです。点付きの3×3格子の上右なので、記号はひとつ前とまったく同じ形・同じ点付きです。ここで連続した同一記号が現れます。筆者はこの並びを見た瞬間、単語の中の重複文字が図形の反復としてそのまま見えることに気づきました。アルファベットの綴りが、記号列の模様として立ち現れる感触があります。
- Oを探します。OはJ〜Rのグループなので、引き続き点付きの3×3格子を使います。位置は中央です。したがって記号は、四方を囲まれた小さな四角で、点ありです。Eと同じ中央の形ですが、こちらは点があるため別の文字になります。
この5文字を並べると、HELLOは「下中央の点なし格子記号」「中央の点なし格子記号」「上右の点付き格子記号」「上右の点付き格子記号」「中央の点付き格子記号」という列になります。
LとLが連続しているので、中央部に同じ点付きの角形が二つ続く見え方になります。
ピッグペン暗号では、こうした反復が語の輪郭をうっすら残します。
ℹ️ Note
暗号化で迷ったときは、文字からいきなり記号を思い出すのではなく、「前半の格子か、後半の点付き格子か、それともXか」を先に決めると手が止まりません。
復号ステップ
同じHELLOを、今度は逆方向から読んでみます。
復号では「文字を知っている」状態から始まりません。
まず記号の形を見て、それがどの枠のどの位置に当たるかを戻していきます。
この逆向きの流れが、暗号化ときれいに対称になっています。
- 最初の記号が、下辺があり左右に短い縦線が立つ形で、点がないとします。まず形から、これは3×3格子の下中央だと分かります。次に点がないので、使うのは最初の格子です。下中央に入っている文字はHです。ここで最初の文字がHに戻ります。
- 次の記号が、四方を囲まれた小さな四角で、点がないなら、形は3×3格子の中央です。点がないので最初の格子を見ます。中央の文字はEです。
- 3つ目の記号が、上辺と右辺を持つ角の形で、点があるなら、まず形から3×3格子の上右です。次に点があるので、参照するのは点付きの格子です。上右にある文字はLです。
- 4つ目も同じ記号なら、同じ手順でLになります。ここで、復号側でも重複文字の対称性がきれいに見えます。同じ記号が並んでいれば、同じ文字が連続していると判断できます。もちろん頻度分析の話とは別ですが、短い語を手で読む段階では、この繰り返しが大きな手がかりになります。
- 5つ目の記号が、四方を囲まれた小さな四角で、点があるなら、形は3×3格子の中央、点ありなので点付き格子です。中央にある文字はOです。
こうして、形から枠へ戻し、点の有無で前半か後半かを決め、対応する文字を拾うと、HELLOがそのまま復元できます。
暗号化では「文字から形へ」、復号では「形から文字へ」と進みますが、途中でたどる道筋は同じです。
片道だけ覚えるより、この往復を一度経験したほうが、記号の意味が手に残ります。
手を動かす練習問題
ここでは短い単語を3つ置いておきます。
いずれも標準キーで追えます。
紙に枠を思い描きながら、各文字が「どの枠」「どの位置」「点の有無」になるかを書き出すと、暗号表が頭の中で組み上がります。
問題1 MASONを暗号化してください。
問題2 BOOKを暗号化してください。Oが連続すると、どんな並びになるかにも注目してください。
問題3 次の説明から平文を復号してください。
1文字目は点付きの3×3格子の上右、2文字目は点なしの3×3格子の中央、3文字目も点なしの3×3格子の中央、4文字目は点付きの3×3格子の中央です。
解答も、記号そのものを描けなくても確認できるように、位置と言葉でまとめておきます。 解答
問題1(MASON)
- M = 点付きの3×3格子の中央左
- A = 点なしの3×3格子の左上
- S = 点なしのX字の左の三角領域
- O = 点付きの3×3格子の中央右
- N = 点付きの3×3格子の中央
問題2(BOOK)
- B = 点なしの3×3格子の上中央
- O = 点付きの3×3格子の中央右(同じ記号が連続)
- O = 同上
- K = 点付きの3×3格子の上中央
問題3(復号)
- 復号結果はLEEOです。
1) 点付き3×3格子の上右 → L 2) 点なし3×3格子の中央 → E 3) 同上 → E 4) 点付き3×3格子の中央右 → O 問題2はBOOKです。
Bは点なし格子の上中央、Oは点付き格子の中央右、次のOも同じく中央右、Kは点付き格子の上中央です。
真ん中に同じ記号が二つ続きます。
問題3はLEEOです。
点付き格子の上右がL、点なし格子の中央がE、もう一度E、点付き格子の中央右がOです。
復号でも同じ形が続けば同じ文字が続くので、3文字目まで見た段階で単語のリズムが少し読めてきます。
バリエーションと流派の違い
標準形
検索で最も多く出てくるのは、いわゆる標準形です。
一般には3×3格子を2枚、X字を2枚用い、前半と後半を点の有無で分ける構成として整理されます。
記事前半で追った手順もこの型で、AからIを点なし格子、JからRを点付き格子、SからVを点なしX、WからZを点付きXに割り当てる並べ方が代表例です。
ただし、ここで混乱が起きやすいのは、「標準」と呼ばれるものの中にも配置順の細かな差があることです。
文字の並べ方が左右反転していたり、X字側の割り当て順が入れ替わっていたりしても、原理そのものは同じです。
読んでいる資料が別表を載せていても、まず見るべきなのは何枚の枠を使い、第二群を何で区別しているかです。
この骨組みが一致していれば、見た目の差で戸惑う必要はありません。
さらに、標準形の周辺にはGrid-Grid-X-Xだけでなく、Grid-X-Grid-X型もあります。
これは格子・X・格子・Xの順で群を並べるもので、文字の見た目の散らばり方が変わるだけで、考え方は同じです。
紙に一度書いてみると、配列順が違っても「枠の位置を記号にする」「追加記号で別群を示す」という芯は動いていないことがよく分かります。
実地に比べると、辞書の版違いを見ているような感覚に近いものがあります。
Rosicrucian系の点方式
もう一歩踏み込むと、ピッグペン暗号の近縁としてRosicrucian系が出てきます。
これは標準形と同一ではありませんが、系譜をたどるとしばしば隣に置かれる方式です。
特徴は、単一の3×3格子を中心にし、1個から3個の点、あるいは点の置き方で文字を区別する点にあります。
標準形のように複数の枠を増やして群を分けるより、ひとつの枠に追加記号を重ねて情報を持たせる発想です。
筆者がこの違いを腑に落としたのは、同じ単語を標準形とRosicrucian系で並べて書いたときでした。
線の囲み方も点の付き方も見た目には別物なのに、頭の中でやっている作業は変わりません。
どの位置の枠かを先に取り、そのあとで追加情報を読む。
記号の衣装は違っても、情報の並び方そのものは同じだと気づいた瞬間、ばらばらに見えていた変種が一つの家族としてつながりました。
歴史的にも、この系統は前身あるいは近縁系として扱うのが自然です。
16世紀のAgrippaの記述にさかのぼる文脈では、後世のフリーメイソン系で有名になった標準ピッグペンだけを切り出すより、「格子位置を記号化し、追加マークで文字群を分ける」という広い発想で見たほうが流れがつかめます。
名称だけ追うと別暗号に見えますが、構造を追うと親類関係が見えてきます。
三格子方式と'&'の例
もう一つ、検索結果で出会いやすいのが三格子方式です。
これは標準的な二格子+二X字とは異なり、三つの格子を使って文字を配分する変種です。
アルファベットは26文字なので、三つの格子に順に入れていき、最後の1マスに'&'を置く例が知られています。
ここでは、X字を使わず格子だけで押し切る形になります。
この方式に初めて触れると、「もうピッグペンではないのでは」と感じるかもしれません。
ですが、見方を変えると、やっていることはやはり位置の形をそのまま記号として読むという一点に集約されます。
標準形が格子とXを併用して26文字をさばくのに対し、三格子方式は格子を増やして同じ問題を解いているだけです。
道具立てが違うので、記号表の印象は別物になりますが、解読の頭の使い方は連続しています。
Grid-X-Grid-X型との比較は役立ちます。
どちらも「文字群をどう分割し、どの枠で表すか」の違いとして整理すると、表面上の差がすっきり片付きます。
検索で見つけた表が自分の覚えているものと違っていても、格子の数、X字の有無、点や補助記号の使い方を見れば、どの流派に立っているか判断できます。
Newark cipher
Newark cipherは、知名度こそ高くありませんが、変種の比較では外せない名前です。
これはピッグペン系の派生として紹介されることがあり、点の代わりに短い線を使って文字群を区別します。
ぱっと見た印象は標準形より引き締まって見え、点が小さく潰れやすい手書きでは、むしろこちらのほうが読み取りやすい場面もあります。
ただし、見た目が変わっても原理は同一です。
標準形では「点があるから後半の群」と読んでいたところを、Newarkでは「短線が付くから別群」と読むだけです。
変わるのは付加記号のデザインであって、枠の位置+追加マークで文字を区別するという骨格はそのまま残っています。
ここを押さえておくと、資料ごとに図柄が違っても別々の暗号として迷わずに済みます。
歴史的な結び付きで見ると、標準ピッグペンほど前面に出る系統ではありません。
教材としても主役というより補足役ですが、変種を見分ける目を養うにはむしろ好材料です。
点を短線に置き換えただけで、読者の目にはまるで別方式のように映る。
その錯覚を一度経験すると、図形暗号を「形そのもの」ではなく「構造」で読む姿勢が身につきます。
ゲーム・パズルでの変形
現代では、ピッグペン系の原理がゲームやパズルの中で意匠化されることも珍しくありません。
たとえば、格子の線をそのまま使わず、絵文字風の枠に置き換えたり、ルーン文字風の角ばった記号として再設計したりする例があります。
画面上のUIに合わせて、線の端を丸めたり、記号をアイコン風に整えたりしただけでも、初見では別暗号に見えます。
それでも、分解してみると中身は同じです。
角の形がどの位置を示すか、追加マークがどの群を表すか。
この二層で読める限り、それはピッグペン系の変形と見てよい場面が多いのです。
パズル本や脱出ゲームで遭遇する「見たことはあるが名前が分からない記号列」は、この種の置換であることが少なくありません。
見た目だけで新種だと判断すると遠回りになります。
比較すると、通常の単純換字式との違いも見えます。
シーザー暗号のような文字対文字の置換は、表記が変わってもアルファベットの顔が残ります。
一方でピッグペン系は、文字を図形へ直接変換するため、視覚印象が一段変わります。
ゲーム制作側にとって扱いやすいのはこの点で、短いメッセージでも「秘密の記号」らしい雰囲気が出るからです。
下の表に、検索で混同されやすい系統をまとめます。見分ける軸を先に持っておくと、どの資料を開いても位置づけがぶれません。
| 項目 | 標準ピッグペン | Rosicrucian系 | Newark cipher | 通常の単純換字式 |
|---|---|---|---|---|
| 構造 | 3×3格子2枚+X字2枚 | 単一3×3格子中心 | 三格子系の派生として説明される | アルファベット文字を別文字へ置換 |
| 記号化の方法 | 枠の位置を形にし、点の有無で別群を区別 | 枠の位置に加え、点の数や位置で区別 | 枠の位置に加え、点の代わりに短線で区別 | 文字対応表で置換 |
| 歴史的結び付き | フリーメイソンで著名 | AgrippaやRosicrucian伝統との関連で語られる | 後代の派生形として紹介される | 古典暗号全般に広く存在 |
| 教材向き | 高い | 中程度 | 補足説明向き | 高いが図形暗号の感触は薄い |
💡 Tip
変種を見分けるときは、記号の雰囲気ではなく「枠はいくつあるか」「追加情報は点か短線か」「X字を使うか」を先に見ると、検索結果の表記ゆれに引きずられません。
安全性と弱点
頻度分析と統計的痕跡
ピッグペン暗号は見た目こそ異様な図形列になりますが、暗号学の分類では単一換字式です。
平文の各文字が毎回同じ記号に置き換わります。
この一点が、そのまま弱点になります。
文字の顔を図形に変えても、文章の中で現れる頻度の偏りまでは消えません。
英語なら、よく出る文字はよく出るままですし、二文字・三文字の並びにも癖が残ります。
筆者が古典暗号の授業でよくやるのは、まず短い暗号文を紙に写し、同じ記号が何回出ているかを手で正の字にして数える作業です。
最頻出の記号が見えたところで、とりあえずそれをEだと仮置きしてみる。
すると、前後に現れる記号の並びから、THE や HE、ER のような英語らしい断片がうっすら浮かび始めます。
ここで当たりなら一気に進み、外れていても次にTやAを試す足場ができます。
華やかな専用機械がなくても、解読の最初の一手はこの地道な数え上げです。
記号化された暗号文でも、攻撃側が見るのは「絵」ではなく分布です。
単文字頻度だけでなく、二文字頻度、三文字頻度、同じ記号の反復、語の長さ、1文字語の有無といった手掛かりはそのまま残ります。
たとえば、ある記号が単独でぽつんと現れるなら、英語ではAかIの候補になります。
二つ並んだ同一記号が繰り返し出るなら、LL や EE のような重複文字を疑えます。
図形に目を奪われると難解に見えますが、統計の側から眺めると、平文の骨格は思いのほか透けています。
語形パターン
ピッグペン暗号が「秘密の記号」に見えるのは、アルファベットの輪郭が消えるからです。
ただ、読めなくなるのは人間の第一印象であって、言語のパターンそのものが消えるわけではありません。
同じ記号が同じ場所に反復するなら、それは同じ文字が繰り返されているという意味です。
ここは単純ですが、実際の解読ではよく効きます。
たとえば、短い単語の中で一文字目と三文字目が同じ記号なら、EVE や TAT のような形を候補にできますし、五文字語で二文字目と三文字目が同じなら、LETTER のような重複を含む語形が頭に浮かびます。
さらに、最頻出の記号をEやTと仮定し、その周辺の記号列を見ると、英語でよくある並びが絞れます。
見た目は幾何学的でも、解読者が追っているのはあくまで語の癖です。
このため、記号体系を少し飾っても本質的な防御にはなりません。
点を増やしたり、線を太くしたり、別流派の記号表に置き換えたりしても、「この記号が多い」「この並びが繰り返される」「この長さの語がここで頻出する」という情報は残ります。
前のセクションで見た Rosicrucian 系や Newark cipher のような変種でも、見た目の印象は変わっても、単一換字式である以上は同じ問題を抱えます。
暗号の強さは装飾の凝り方では決まらず、統計的特徴をどれだけ隠せるかで決まります。
⚠️ Warning
ピッグペン暗号を「難しそう」と感じた瞬間こそ、解読では逆に有利です。記号の意味を一つずつ覚えるより、まず同じ形の出現回数と並び方に注目したほうが、平文の輪郭へ早く近づけます。
対策と限界
理屈の上では、アルファベットの置換は26文字の全順列を取りうるので、鍵空間だけ見れば大きく映ります。
けれども、ピッグペン暗号の標準形は記号の構造が固定されており、実際には「格子のどの位置か」「点があるかないか」が前面に出ます。
鍵空間の大きさだけを見て現代的な安全性を連想するのは誤りです。
単一換字式である限り、長めの暗号文が集まれば頻度分析の土台が崩れません。
対策としては、記号表を独自化したり、文字の対応を入れ替えたり、短文だけに限定して使ったりする方法が考えられます。
実際、歴史的な場面でこの種の図形暗号が一定の役目を果たしたのは、傍受した相手に即読されるのを防ぐという水準でした。
短い命令やメモなら、受け取ったその場で意味を悟られないという効果はあります。
とはいえ、十分な量の文面が手に入れば、統計的な癖から崩されるという根本は変わりません。
この位置づけは、古典暗号を学ぶうえでむしろ魅力でもあります。
ピッグペン暗号は、暗号が「読めない見た目」と「破られにくさ」で別物だと教えてくれる教材です。
教育やパズル、脱出ゲーム、歴史紹介の文脈ではよくできた方式ですし、紙とペンだけで暗号化と解読の両方を体験できます。
一方で、現代のセキュリティ用途に持ち込むと話は変わります。
通信の秘匿や機密保持を担う方式としては、歴史的な暗号として眺めるのがふさわしく、実運用の防御手段として選ぶ段階にはありません。
現代でなぜ今も使われるのか
教材としての価値
教室で古典暗号を扱うとき、ピッグペン暗号がいまも残っている理由ははっきりしています。
手で書けて、すぐ覚えられて、しかも見た瞬間に「暗号らしい」と感じられるからです。
アルファベットを別のアルファベットに置き換える方式だと、初学者はどうしても文字対応表の丸暗記に意識を取られます。
その点、ピッグペン暗号は格子とX字の位置関係がそのまま記号になるので、「どの形がどの場所を表すか」という図形の感覚で入れます。
文字と記号の対応を、頭の中の表ではなく紙の上の配置で理解できるのです。
筆者が授業やワークショップでこの種の図形暗号を紹介すると、受け手の反応はたいてい二段階あります。
最初は「何だか難しそうだ」という顔をし、数分後には自分の名前を書き始めます。
この切り替わりが早いのは、記号の規則が目で追えるからです。
教材として見ると、ここに大きな価値があります。
単一換字式暗号の考え方、暗号化と復号の往復、さらに前のセクションで触れた頻度分析の弱点まで、一つの題材でつなげられます。
楽しさの入口があり、その先に学習価値が続いているわけです。
友人と紙切れを回して“即席の秘密メモ”を作ったことがあります。
格子を書いて対応だけ決めれば、準備に時間はかかりません。
それだけで、ふつうの一言が急に共犯めいたやり取りへ変わります。
数分で通じ合える暗号ができるという感覚は、現代の学習環境でも強い魅力です。
高度な安全性を教える教材ではなく、暗号とは何かを身体で覚えるための教材として、ピッグペン暗号は今も現役です。
謎解き・パズルでの採用
謎解きやゲームの世界でピッグペン暗号がよく選ばれるのも、やはり見た目の力によるところが大きいです。
文字列のままだと、参加者は「読めそうかどうか」から考えます。
ところが図形の列になると、そこで一度思考が止まり、「これは規則を探すタイプの問題だ」と頭が切り替わります。
パズルとしてはこの一拍が効きます。
難解すぎず、しかし一目では読めない。
その絶妙な位置にあるため、導入の暗号として収まりがよいのです。
脱出ゲームやアドベンチャー系のゲームで使われる場合も、役割は似ています。
物語の中では秘密結社のメモ、古い日記、壁の落書き、宝箱のヒントといった形で登場させやすく、プレイヤーは「意味不明な記号」ではなく「解けるはずの記号」として受け取れます。
ここで重要なのは、解法に入るまでのハードルが低いことです。
格子の発想さえつかめば一気に読めるので、ゲームのテンポを壊しません。
難問の主役というより、世界観に火をつける最初の鍵としてよく働きます。
筆者自身、初対面の人が集まる小さなイベントで、自己紹介カードにピッグペン暗号を混ぜたことがあります。
全員が暗号の専門家ではなくても、数人が「これ、図形の位置で読めるのでは」と気づくと、その場に自然と会話が生まれました。
謎解きで求められるのは、解けた人だけが満足する難しさではなく、周囲を巻き込みながら場を動かす仕掛けです。
ピッグペン暗号は、その役目を果たしやすい古典暗号の一つです。
墓碑・図像文化への再登場
ピッグペン暗号は、実用品としての暗号を離れたあとも、図像文化の側でときどき姿を現します。
とくに印象的なのは墓碑です。
十八世紀末のJames Leesonの墓碑は、その再登場を語るうえで外せない例として知られています。
文字をそのまま刻むのではなく、図形記号へ置き換えることで、墓は単なる記名の石から、読み解くべき記号の場へ変わります。
ここでは秘匿そのものより、所属や趣味、結社的な気配、あるいは「知る者には読める」という演出が前面に出ています。
この再登場は、歴史的記号としての生命力を示しています。
ピッグペン暗号はアルファベットの代用品であると同時に、線と点で構成された視覚モチーフでもあります。
だからこそ、近代以降の挿絵、ミステリ作品の小道具、展示のキャプション、ゲーム内の碑文などに溶け込みます。
読むための文字でありながら、眺めるための図像でもある。
この二面性が、ほかの古典暗号より広い場面で再利用される理由です。
ここで面白いのは、現代の受け手がその記号を見たとき、まず「歴史の匂い」を感じることです。
フリーメイソン文化、秘密結社、古い儀礼、失われたメッセージといった連想が一気に立ち上がります。
実際の史実は個別に慎重に見分ける必要がありますが、文化的な記号としての働きは明快です。
ピッグペン暗号は、読解の道具である前に、秘密を演出する視覚言語として再生産され続けています。
現代に残った理由の一つとして、体験への入口が広いことも見逃せません。
紙とペンだけでも始められますが、いまは dCodeや Boxentriqのようなオンラインツールが揃っていて、自分で作った対応表や定番のキーをその場で試せます。
暗号化と復号を往復しながら、どの文字がどの記号へ移るのかを確認できるので、仕組みの理解が早まります。
ℹ️ Note
自分のイニシャルや短い合言葉を入れてみると、ピッグペン暗号が単なる歴史項目ではなく、記号体系としてきちんと動いていることがすぐ実感できます。
古典暗号の多くは、説明を読むだけだと「昔の技術」で終わりがちです。
ピッグペン暗号はそこから一歩進み、教材、謎解き、ゲーム、墓碑や図像文化まで横断しながら、いまも手に取れる形で生きています。
現代で使われるのは、強いからではなく、触れた瞬間に仕組みと物語が同時に立ち上がるからです。
まとめと次の一歩
今日のまとめ
ピッグペン暗号は、文字を図形へ置き換える単一換字式暗号として覚えると芯を外しません。
歴史的にはフリーメイソンとの結び付きで広く知られますが、起源を一つに断定するより、複数の伝承と変種が重なって広まったものとして見るほうが実態に合います。
見た目の神秘性とは対照的に、暗号としての強さは高くなく、長い文では頻度分析に崩されます。
次に学ぶなら
紙に格子とX字を書いて自分のキーを作り、短い英単語を一つだけでも暗号化してみてください。
筆者も最初の単語を自作のキーで記号に変えられたとき、仕組みが急に手の中の技術になった感覚がありました。
続けて別のバリエーションでも同じ単語を暗号化すると、意味は同じでも見た目だけが変わることがはっきり見えてきます。
その次は、同じ単一換字式のCaesar cipherと比べて置換の発想の違いをつかみ、さらにVigenère cipherで多表式になると何が変わるのかへ進むと、古典暗号の地図が一気につながります。
科学史・技術史を専門とする歴史研究者。エニグマ解読からWWII暗号戦まで、暗号が歴史を動かした瞬間を一次資料に基づいて描きます。
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