暗号史

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毎朝のブレッチリー・パークには、数千通の無線電文が積み上がり、その日のうちに鍵が変わる切迫のなかで解析が始まりました。そこで働いたAlan Mathison Turingを、単なる暗号解読者としてではなく、暗号解読・計算理論・AI思想を貫いた人物として捉え直すのが、本記事の出発点です。

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朝、まだ霧の気配が残るうちにYサービスの傍受記録が束になって運び込まれ、各Hutへ配られた瞬間から、ブレッチリー・パークの一日は動き出しました。日付が変わる前にドイツ軍の鍵設定はリセットされる。

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エニグマ解読史は、しばしば英国のブレッチリー・パークだけの英雄譚として語られます。けれど実際には、1932年にポーランド暗号局が開いた数学的突破口があり、1939年7月のワルシャワ近郊では複製機やZygalski sheetsが机上に並び、その知見が英仏へ手渡されていました。

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ブレッチリー・パークの小屋に朝が来るたび、日付とともに鍵はリセットされ、打鍵の音、リレーの唸り、紙テープの風切り音がせわしなく重なりました。そこでまず混同をほどいておくと、ボンブ=エニグマ、コロッサス=ローレンツ(Tunny)です。

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夜明けのブレッチリー・パークでは、無線傍受の束が机に積み上がり、日替わり設定に戻ったエニグマとの時間勝負がまた始まります。無線化された戦争では、通信は速く届くぶん敵にも拾われやすく、ヨーロッパでも太平洋でも暗号戦が作戦の中枢へ押し上げられました。

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ローレンツ暗号機は、ドイツ軍高級司令部のテレプリンター通信に直結された5ビットの暗号付加装置で、前線の文字置換を主としたエニグマとは用途も仕組みも別物です。この記事は、1941年の運用ミスを起点に、

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最古の暗号は本当に「秘密」を守っていたのか。この記事ではまず、内容を読めなくする暗号(cryptography)と、そもそもメッセージの存在を隠すステガノグラフィー(steganography)を切り分けたうえで、古代の実務では何がどこまで隠されていたのかを見ていきます。

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9世紀のバグダードでは、翻訳運動がギリシア語やシリア語の知をアラビア語へと流し込み、知恵の館を中心とする濃密な知的環境が育っていました。その空気のなかで、クーファに生まれ、バグダードで学び、アッバース朝の保護のもと活動した学者アブー・ユースフ・ヤアクーブ・イブン・イスハーク・アル=キンディーは、

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1940年代のある朝、ブレッチリー・パークの机には無線傍受紙が山のように積まれていた。日替わりの鍵が変わる前にその日の通信を開かなければならない切迫した空気が、常に場を満たしていた。

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チャートリー城の薄暗い部屋で、秘書が小さな記号表を指でなぞりながら記号を並べていく――その手触りを思い浮かべると、1586年のバビントン陰謀事件は「暗号が破られた話」だけでは済まないとわかります。

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夜の村を駆ける密使が懐に忍ばせるのは、ごく短い密書でした。そこから二百数十年後、1939年の霞が関では外交官がタイプ音を響かせ、暗号機B型、通称パープル暗号で欧文電報を打っています。

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イェール大学バイネキ稀覯本・手稿図書館の高精細ビューアでヴォイニッチ手稿の植物ページをフルスクリーンにすると、どこか薬草書を思わせる葉や根のかたちが目に入るのに、その脇を埋める連続した字形だけは一文字もこちらに開いてくれません。